大阪地方裁判所 昭和57年(わ)2297号 判決 1992年3月25日
主文
被告人を罰金二〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人は、総評全国一般労働組合大阪地方連合会全自動車教習所労働組合(以下「地連全自教」という。)書記長であるが、
第一 地連全自教組合員多数と共謀のうえ、
一 昭和五六年四月三日ころ及び同月七日ころ、地連全自教東大阪分会組合員Wほかの組合員らが、大阪市平野区<番地略>東大阪自動車教習所において、全国一般労働組合大阪府本部全自動車教習所労働組合(以下「府本全自教」という。)の上部団体である府本副執行委員長Nに関し、「Nは、八尾教習所経営者などから買収されていた前歴のある男である。」「Nが八尾自教のL元取締役に買収されていた事実や、Q元取締役がその買収を利用し、全自教や教習所共闘会議の方針等をNから受け取っていた事実も明らかになっている。」旨記載した地連全自教名義のビラ約二五〇枚(<押収番号略>はそのうちの一枚)を教習台帳に挿入するなどの方法で多数の教習生に頒布し、もって、公然事実を摘示して右Nの名誉を毀損し、
二1 昭和五六年四月九日ころ、前記Wほかの組合員らが、前記東大阪自動車教習所において、府本全自教執行委員長兼東大阪分会分会長Eに関し、「公私ともダメ男E、飲酒運転、いねむり教習の常習者である。教習所内の東交差点で大きな事故があった。例によってEはコックリコックリといねむりの最中に事故を起こし、その責任を生徒になすりつけた。」旨記載した地連全自教東大阪分会名義のビラ約一五〇枚(<押収番号略>はそのうちの一枚)を教習台帳に挿入するなどの方法で多数の教習生に頒布し、
2 同月二二日ころ、前記Wほかの組合員らが、前記東大阪自動車教習所において、右Eに関し、「早出や残業の特権をうまく利用し、そのお礼に教習生にスナックでおごってもらっていたという事実もある。Eは、自分の地位を巧みに利用し、私たち労働組合が常に教習生から金品の授受を絶対にしないようにしようと警鐘を乱打してきたのに、Eは、ちょっと一杯ぐらいおごってもらってもええやないかという感覚で、その後はお決まりの飲酒運転をする。」旨記載した地連全自教東大阪分会名義のビラ約一五〇枚(<押収番号略>はそのうちの一枚)を教習台帳に挿入するなどの方法で多数の教習生に頒布し、
もって、それぞれ公然事実を摘示して右Eの名誉を毀損し、
三 同年九月一八日ころ、地連全自教藤井寺分会組合員Xほかの組合員らが、大阪府藤井寺市<番地略>藤井寺自動車教習所において、府本全自教藤井寺分会書記長Tに関し、「Tは、私文書偽造で組合員を裏切り、組合会計や親睦会会計のつかい込みの容疑もあり、暴行事件、バクチにも関連する非行の人である。」旨記載した地連全自教名義のビラ約二〇〇枚(<押収番号略>はそのうちの一枚)を教習台帳に挿入するなどの方法で多数の教習生に頒布し、もって、公然事実を摘示して右Tの名誉を毀損し、
第二 地連全自教副執行委員長兼松筒分会書記長Aと共謀のうえ、同年五月一五日ころから同年一一月一〇日ころまでの間、右Aが、大阪市大正区<番地略>松筒自動車学校において、府本全自教松筒分会分会長Mに関し、「分裂主義者Mらは、会社の公金数百万円を使い込み、モラルも規律も欠く者たちで分裂組合を結成した。」旨記載した地連全自教松筒分会名義のポスターを同校教習生待合室前通路側壁の黒板に掲示し、もって、公然事実を摘示して右Mの名誉を毀損した。
(証拠)<省略>
(法令の適用)
一 罰条
いずれも刑法六〇条、平成三年法律第三一号による改正前の刑法二三〇条一項、同罰金等臨時措置法三条一項一号
二 刑種の選択
いずれも罰金刑
三 併合罪の処理
刑法四五条前段、四八条二項
四 労役場留置
同法一八条
五 訴訟費用
刑事訴訟法一八一条一項本文
(補足説明)
当審において取り調べた各証拠によると、以下の事実が認められる。
一 被告人及びNらの経歴や地位などについて
被告人は、昭和三九年九月に丸善自動車教習所(翌年藤井寺自動車教習所と名称を変更)に技能指導員として就職し、同教習所従業員で組織する丸善自動車教習所労働組合に加入して、同年一一月執行委員となった。同組合は、翌四〇年五月に他の自動車教習所で組織されていた組合と共に全大阪自動車教習所労働組合(昭和四三年に全自動車教習所労働組合《全自教》と名称を変更。以下名称変更前のものも「全自教」と呼ぶことがある。)を結成して、総評全国一般労働組合大阪地方連合会《地連》に加盟したため、名称が地連全自教藤井寺分会となった。そして、被告人は、昭和四〇年五月に地連全自教の執行委員、昭和四一年に地連の執行委員及び地連全自教の副執行委員長(専従)に就任し、その後地連全自教の書記長(専従)などを歴任して、昭和五二年に地連の副執行委員長に就任し、本件の昭和五六年当時は地連副執行委員長、地連全自教の書記長及び地連全自教藤井寺分会の分会長の地位にあった。
Nは、昭和三五年に地連書記長、昭和四〇年五月の全自教結成によって地連全自教書記長、その後同労組執行委員長の各専従役員に選出されたが、昭和五〇年にその職を辞任し、昭和五二年、のちの全国一般労働組合大阪府本部(以下名称変更前のものも「府本」と呼ぶことがある。)副執行委員長(専従)に就任し、本件の昭和五六年当時もその地位にあった。
Eは、昭和四三年以来東大阪自動車教習所の技能指導員であったところ、組合歴としては、翌四四年に全自教組合員となり、昭和四五年に全自教の執行委員、昭和五〇年に全自教の副執行委員長、委員長代行、委員長に各選出されたものの、後述の経過で昭和五二年に全自教を除名され、同年全自教が地連全自教と府本全自教とに分裂して以降、府本全自教執行委員長に就任し、昭和五六年当時もその地位にあったが、東大阪分会では唯一人の組合員であった。
Tは、昭和三八年に丸善(のちの藤井寺)自動車教習所に技能指導員として就職し、本件当時教務課長の地位も兼ねていたものであるが、かたわら、昭和三九年に丸善自動車教習所労働組合の書記長となり、その後全自教の執行委員や副執行委員長を歴任したものの、昭和四七年に全自教を脱退し、その後府本全自教が結成されると、同組合に加入し、昭和五六年当時は三名前後の組合員で構成する府本全自教藤井寺分会の分会長の地位にあった。
Mは、昭和四一年に松筒自動車学校に技能指導員として就職し、その後兼務していた営業担当を昭和四五年ころやめ、本件当時も技能指導員をしていたものであるが、就職後、全自教松筒分会の組合員となったものの、昭和四七年に全自教を脱退し、昭和五三年に府本全自教松筒分会を結成して、昭和五六年当時四名前後の組合員で構成する同分会の分会長の地位にあった。
二 本件犯行に至る組合の対立状況について
前記のとおり、被告人らが所属する全自教は、昭和四〇年五月に結成され、地連(昭和三四年結成)に加盟したのであるが、昭和四八年五月に万代興業株式会社の経営する南大阪自動車教習所で、経営者が「企業閉鎖、全員解雇」の一方的通告を行ったことから、労使紛争が発生し、地連及び地連全自教は、「教習所の再開、従業員の原職復帰」を要求する南大阪自動車教習所労働組合(同年一〇月ころ、地連全自教に加盟し、地連全自教南大阪分会となる。)を支援し、被告人らがその指導にあたっていたところ、右労働争議をめぐり、日本共産党関係者の介入などがあったことから、地連内部で、昭和五二年当時地連執行委員長のBを中心とするグループと常任委員のCを中心とするグループとが対立し、その結果、右Cらが同年五月に開催した地連第一九回臨時大会において、B執行委員長及びBに同調する執行委員五名とその組合・組合員を除名処分とする決議を行い、地連が分裂した。地連全自教も地連の分裂にともない、執行委員長Eら多数の組合員が除名され、副執行委員長Dを中心とするグループとEを中心とするグループに分裂した。Bを中心とするグループは同年六月に「再建大会」を開催し、「地連」(昭和五五年一〇月「全国一般労働組合大阪府本部《府本》と名称変更。)委員長にB、「地連全自教」(府本の名称変更に伴い「全国一般労働組合大阪府本部全自動車教習所労働組合《府本全自教》」と名称変更。)委員長にEを各選出した。
右分裂以後、地連と府本は、互いに組織の結束・拡大を図り、組合員の確保・獲得をめぐって勢力争いを続けるようになったが、その過程で、昭和五三年に「教習所労働者の前進を妨げ統一を妨害する甲ら特定グループ」(<書証番号略>)、「甲と意見のちがうもの、考えのちがうものを『除名』」「分派グループが特定組織の私利私欲の追求」(<書証番号略>)、「“特定政党介入”をデッチ上げ団結破壊」「組合員を威嚇し職場支配」(<書証番号略>)、「甲ら特定グループ分裂固定させる反共攻撃」(<書証番号略>)、「組織解体の首魁・C・甲特定グループ」「阪急裏協定の疑惑をそらす悪ばと中傷」(<書証番号略>)などの見出しで、被告人ら地連全自教幹部を攻撃・誹謗する内容の府本全自教発行の「なかま」という機関紙が配付され、昭和五四年以降も同趣旨の機関紙やビラが多数、組合員以外の者にまで配付されたり、日本共産党機関紙「赤旗」や「大阪民主新報」に地連全自教を攻撃する内容の記事が掲載されたりした。これに対抗するかのように地連及び地連全自教側からも府本及び府本全自教並びにその組合員を攻撃・批判する内容のビラが配付され、昭和五六年には争いがエスカレートして、府本全自教組合員ら多数の、宣伝カー等による地連全自教を批判する抗議行動が教習中あるいは休憩時間に行われる一方、地連全自教側からも府本全自教を批判する抗議行動が行われるようになった。そして、地連全自教は、昭和五六年三月下旬ころ、執行委員会において、地連全自教や被告人らに対するデマ宣伝・中傷は日本共産党が南大阪自動車教習所の争議に介入したことを隠蔽したり、府本全自教の中心的なメンバーの過去の非行や反組合的言動をも隠蔽せんとするものであるということを確認し、デマ宣伝・中傷に対して真実(府本全自教の中心的なメンバーの過去の非行や反組合的言動)を明らかにして地連全自教の活動が正当であることを組合員や教習生らに理解してもらうことなどを決定した。さらに、経営者が労働組合対立の状態を利用して地連全自教を弱体化する動きに対しては、同年四月三日及び同月七日にストライキを行うことを決めた。本件ビラやポスターは、いずれも右の執行委員会の決定に基づき、被告人が全自教組合員に指示して作成、頒布等したものである。
三 本件ビラやポスターの内容について
1 Nに関するビラ(B四判大)
表面には、
教習生のみなさん スト決行に御協力を!
と冒頭に大きく題名を記載し、
八一春闘の要求「教習環境改善・賃上げ権利確保」
要求妨害!組織分裂攻撃かける
「全自教労組」つぶしに便宜供与の経営者
組織防衛(団結防衛)は労働組合の最大のたたかい
と四項目の見出しを掲げ、
私たち教習労働者は、現在春斗を表記の要求で、たたかっています。各職場での労働条件の向上と合せて、みなさん方に有効で、厳正でよろこんでもらえる教習ができる条件を整備するよう要求すると共に、国会へは、国民の安全守るための「交通行政の民主的改善」を求める請願行動も行っています。このように、私たちの組合は、交通安全対策を、政治的にも、日常教習所の中での教習という具体的な面でも、国民の安全を守る立場で追求しているのです。
ところが、すべての勤労国民共通の要求を掲げて、たたかう当労組のたたかいを、いままでから妨害してきた分裂分子が、経営者の援助をあらたに受けて、81春斗のなかで、組合分裂の攻撃を加えてきました。この分裂分子は、去る五一年、当労組の争議に日本共産党が介入した際、労組の自主性を放棄し、仲間を裏切り政党の介入かくしに協力し、当労組より除名追放された者と、その手先となって、当労組の分裂策動を続けている者達です。東大阪教習所一名、藤井寺教習所二名、松筒自動車学校六名がその者たちです。
もともと、除名者は、資質の悪い労働者で、彼らの「委員長」というのは、飲酒運転常習者、松筒ニセ分会のなかには、女性問題処分者と、公金不正使用者、藤井寺では、教習生傷害で処分を受けた者、そしてそれを指揮する「上部団体」のNは、八尾教習所経営者などから買収されていた前歴のある男等々です。これら除名集団の目的は、日本共産党の当労働組合の争議介入、組合介入等々の事実をインペイするため、当労組を終極的には破壊することです。数々の消し去ることのできない事実関係は、当労組関係経営者をはじめ、周知の通りなのですが、こともあろうに、松筒自動車学校経営者は、除名者が作ったカイライ組合に、(当校に実在する当労組と同名を名乗らせている。)当労組破壊のために「就業時間内組合活動」を与えるなど援助をしています。
当労組は、これら除名者や、組合嫌いの非組合員(もともと経営者が手がけて育てた者たち)にも、獲得した賃上げ、労働条件はすべて公平に差別なく与えさせています。従って、たたかわない彼等も、全国の自教労働者の最高水準の賃金・労働条件が確保されているのです。この実態のなかで、第二組合、分裂組合をつくるのですから、彼等の「政党の介入かくし」の目的がますます明確なのです。それを承知で経営者が手を貸しているのです。このような当労組に対する組合破壊攻撃は、断固としてはねかえすまでたたかいぬくしかありません。
と記載されている。
裏面には、
除名者一覧
藤井寺 1号車 F指導員
22号車 T指導員
東大阪 E指導員
松筒 22号車 M指導員
24号車 G指導員
13号車 Y指導員
15号車 I指導員
33号車 J指導員
38号車 K指導員
との囲み記事、
上部団体役員
N(五六才)
「全国一般」大阪府本、副委員長
元当組合委員長四九年退職
※四〇年当時八尾教習所L重役が買収したと告白。
その当時の当労組発行ビラ
との囲み記事のほかに、裏面の半分以上を使って、
には、NからP組合員に電、N宅に呼び出され、その中導する組合とそうでない組合と」「一人だけでもよいから脱退志紀分会)君もそれを望んでおば一緒にやりたい』と言ってセントラルに電話が入り、フシが連絡を受けた」と分裂工作きをあらわにしています。経営から買収さ者を裏切った新この除名者の分裂策動は、“北切り崩し”という除名者の方針のだけでなく、経営の手が加わったるのです。
つまり、八尾のO取締役がセントラル自教の某に電話を入れ、そのセントラルの某を通じてE、Nに連絡が入っておりその連絡によってE、NがP組合員と接触し脱退工作を加えた経過が、P組合員から明らかにされています。
この事実だけでN・E・セントラルの某が八尾自教経営者と密接な関係をもっていることが明白となっていますが、そればかりか、以前は、Nが八尾自教のL元取締役に買収されていた事実や、Q元取締役がその買収を利用し、前自教労や教習所共闘会議の方針等をNから受けとっていた事実も明らかになっています。こうしてNが八尾経営者と深いかかわりをもって、今回
との、一部文章が続いていない囲み記事、
その右側に、
長期波状スト決行経営者反省し、除名者活動をやめるまで
と見出しを掲げ、
全自教労組は、春斗要求前進と合せて、組合攻撃を謝罪し、元に回復し、二度とやらない誓約をするまで長期・波状的にストライキを決行します。教習生のみなさん方に大変ご迷惑をおかけするのは、非常に心苦しいのですが、私たちの生活や権利を守るため、又、教習環境の改善をはかり、「来てよかった。習ってよかった。」と言ってもらえる教習所を経営者の姿勢にするためのたたかいです。みなさん方の御理解ある協力を心から訴えるものです。
そして、厳しい抗議を経営者と政党の党利党略に振り回され、結果的には、みなさんに迷惑をかけている除名者集団に集中して下さいますよう訴えます。
との記載などがなされている。
右の囲み記事のうち文章が続いていない部分があるのは、以前作成されたビラの一部を転写したためと思われ、そのうち「Nが八尾自教のL元取締役に買収されていた」との部分から「っていた事実も明らかになっています。」との部分までにはアンダーラインが引かれており、印刷段階で既にそのような状態になっていたものと思われる。
なお、被告人の検察官に対する供述調書(<書証番号略>)に添付のビラの記載内容は右のとおりであるが、現実に頒布されたうちの一枚のビラ(<押収番号略>)や告訴状(<書証番号略>)に添付のビラには、「長期波状スト決行経営者反省し、除名者活動をやめるまで」との見出し部分から「みなさん方の御理解ある協力を心から訴えるものです。」との部分までが印刷されていない。
2 昭和五六年四月九日ころ頒布のEに関するビラ(B五判大)
裏切者 E
共産党の犬 E
公私ともダメ男 E
責任転嫁もお得意のE
と四項目の見出しを掲げ、
E指導員は、現在斗争中の81春斗の妨害をし、経営者の手助けをする労働者の裏切り者です。
五三年には、共産党の労働争議つぶしに手を貸したのです。皆さん方も不思議に思われるでしょうが、実は、選挙のために争議を早く解決させなければ共産党に大へん不利になる状態にあったので、少額の金銭で斗争を解決させようと、組合が必死で勝ち取った協定書の書き替えを、共産党が組合に迫ってきたのです。共産党といえば、誰が考えても労働者の味方の政党のはずです。それが逆に経営者の味方を共産党がしたのです。その事をゴマ化すのにEが必死になっているのです。
飲酒運転、いねむり教習の常習者なのです。こんなこともあったのですよ。毎日毎日朝から晩までいねむり通し、Eを起こす役割の指導員が数名いた位なのです。どういう方法で起すかって・・・、それはクラクションを使ってです。だから朝からクラクションの鳴りっぱなしだったのですよ。
教習所内の東交サ点で、大きな事故があったのです。例によってEはコックリ、コックリといねむりの最中・・・ドカン!ガリガリと大きな音、ブロック塀も車もさぞ痛かっただろうな。Eの乗っている側(左側)は、ぺっしゃんこ。それでやっと目を覚ましたとの事。その事故責任を生徒さんになすりつけたんです。(事故報告より)皆さんご用心、ご用心!!急ブレーキで起こしてやって下さいよ。
との記載がある。
3 昭和五六年四月二二日ころ頒布のEに関するビラ(B五判大)
表面には、
教習生のみなさん!!
と見出しを掲げ、
なぜ私たちがEを攻撃しているかについては、ある程度ご理解いただけたと思います。
労働者が、生活と権利を守る斗いに必死で取り組んでいるとき、奴は労働組合(私たちの組合)を潰す役割を公然と行う裏切り者なのです。私たちはEを組合から除名したのですが今も尚私たちと同様の組合名を騙っています。奴らの仲間というのが、藤井寺や松筒自動車学校に十一〜二名おります。その連中も、ぐうたら者ばかりで、女子教習生に手をつけ、奥さんと離婚、その教習生とも離婚し、次の教習生と結婚する・・・など、又教習生をホテルにつれ込んだり、強姦罪で逮捕されたり、会社の金を百万円以上も使い込んだりなどの犯罪者ばかりです。会社がその者達を解雇(首切り)しようとしたら、「不当解雇だ」といって解雇撤回を迫るような連中の集団の長がEです。
「真剣に教習せず、○だけをつける」それは、奴の常道手段なのです。組合づくりの話や、共産党の宣伝、赤旗の販売拡大、奴らの機関紙(新聞)なるものの原稿書き、それで疲れるとお得意のいねむり、それが日課です。もし項目に○をつけなければ、無線教習に送らなければ、教習生の皆さんは怒るでしょうし、経営者にも通告したりされるでしょう。だから、おべんちゃらを言って、○をつけているのです。何か思いあたる事がありませんか?Eについて何でも結構です。組合までお知らせ下さい。
指導員の風上にもおけない奴Eを追放しましょう。
善良なる教習生の皆さん!Eにだまされて変な組合に加入しないように注意して下さい。
との記載があり、
裏面には、
Eをのさばらすな!職場から放り出せ!!
経営者は協定に基づく処置をせよ。
と大見出しを掲げたうえ、
「組合つぶしが俺の仕事や」とE
超勤で便宜を計りそのお礼に?
ドロボウEを絶対許すな!!
と三項目の見出しを掲げ、
日時は不詳だが、教習生のHさんと飲酒しながら「俺は、今、自動車学校の組合(全自教労組松筒分会)をつぶしたろと思てるんや簡単なもんや」と豪語していたそうです。労働組合がつぶれたら誰が喜ぶかくらいは、子供にだって判断できるはずです。教習生の皆さんの中にも、会社に組合があったら、もっと強い組合にしたいと思っておられる方も沢山おられることでしょう。Eにも私たちの労働組合で獲得した「労働条件・賃上げ一時金などすべて適用させているのです。
早出や残業の特権?をうまく利用し、そのお礼?に教習生に(スナック)でおごってもらっていたと言う事実もあります。この事をみてもEは自分の地位を巧に利用し、私たち労働組合が常に教習生からの金品の授受について絶対ないようにしよう!と日常的に組合集会の中で「警鐘乱打」してきたのです。それをEはちょっと一杯ぐらいおごってもらってもエエやないかと言う感覚なのです。そしてその後はお決まりの飲酒運転??
ルンペン、乞食よりも程度が悪い「E」。労働組合が経営者に対して要求をつき付け、超勤拒否やストライキ等で賃金カットを受けながら、切実な要求の実現に向けて必死に斗っているとき、その斗う労働組合をつぶす策動をしたり、斗争妨害をしたり、それなら私たちの獲得したものをフトコロに入れなければよいのですが・・・その分はちゃっかりフトコロに入れながら「こんな低い額で妥結しやがって・・・」とぼやいているのです。気にいらぬなら「全部返せ」Eのばかたれ!!どなりたくなるのも当然でしょう。ぐうたら者の集団が同一組合名を名乗るな!職場から出て行け!!
と記載されている。
4 Tに関するビラ(B四判大)
表面には、
みなさん許せますか?こんなこと!!同名つかい非行かくしの第二組合づくり、
と題し、
私たちの労働組合は昭和四〇年から十数年間教習所労働者の生活と権利を守り、また教習生のみなさん方に喜ばれ効果的な教習ができるような教習環境づくりのために一貫して活動してきました。そして、数々の成果も上げてきたのですが、最近この職場のひとにぎりの非行・不良職員らが、私たちの労働組合に敵対して混乱をもち込んでいるのです。
「利己主義・我利我利集団、F・T・Rら」
の見出しで、
普通、同じ職場に二つの労働組合ができるのは、「労働者の利益の追求の仕方」=路線上の相違や経営者がつくる御用組合なのですが、ここではもともと御用幹部や経営者の廻し者であった人達ですが、現在では経営にも見はなされて過去に犯してきた非行、犯罪的行為をかくすために「労働組合」という入れ物が欲しくて策動しているのです。その上同じ組合名をつかって非行をごま化そうとしています。従って「活動」なんて何もなし、賃金も、一時金(ボーナス)も私たちの組合が決めたものを大きな顔してもらっているのです。「ルンペン、乞食的思想」といわれるのもこのような態度、本質を指弾されているのでしょう。
「少数・孤立→危機感もち事件デッチ上げ誣告」
の見出しで、
このような邪悪の道は、孤立から破壊の道です。F・T・Rらも当然孤立し追いつめられてしまいました。そこで狡猾にも、「暴行、傷害脅迫、侮辱、業務妨害」なるものを計画的につくり上げようとして失敗したのですが嘘をデッチ上げ大阪地検に告訴しました。教習生のみなさんがたが毎日見ておられるあの「抗議行動」が「脅迫だ暴力だ」と言うのです。不良分子の分裂策動を許さず、団結と統一をかためるための何者も介入できない当然の労働組合活動をねじ曲げ、虚偽で告訴しているのです。こんなことをまっとうな労働組合なら容認できないのは当然です。
「印鑑不正使用、暴力行為、生徒を負傷さす・・・暗い過去」
の見出しで、
F、Tらは、過去数々の非行で、会社や従業員、教習生の方々にも大変迷惑をかけていた人達です。Fは、無資格教習で多くの教習生の方に損をかけ、また、教習車の事故で教習生を怪我させるなど、指導員として恥かしい経歴の持主、Tにいたっては、私文書偽造で組合員を裏切り、組合会計や親睦会会計の使い込みの容疑もあったり、暴行事件、バクチにも関連する非行の人です。Rは、「組合費が高い」というケチ根性、助平ジジイといわれる利己主義をこの二人に利用され裏切り行為にはまり込んでいるのです。
と記載され、
裏面には、
「不良・犯罪的行為ごまかして同じ組合名をつかっている」
との見出しで、
このような非行を労働組合というベールでかくそう、しかも、私たちと同じ「全自教労組藤井寺分会」という同名を名乗り、どっちがどっちかわからんように宣伝しごまかしてしまおうと考えているのです。こんな卑怯な汚い手を使って組織を分裂しようとする例は今だにありません。御用組合や、経営者が牛耳っている「労組」なら、新しい組合を作って労働者の生活・権利を守るのは、「分裂」とは言いませんが、こともあろうに、教習所の労働運動の創始者的存在で、現在でも、全国の労働者に斗いの方向、位置づけを示し、たたかいの先頭に立っている組合であり、その上分裂分子みずからの賃金も上げ、労働条件・権利を確保してくれている組合に対抗し、その組合を潰そうとしているのですから、これは絶対に許されません。私たちは、このような働く者の裏切り分子と日常たたかっているのです。これらをはびこらせることは、労働組合運動内部のことだけにとどまらず、教習生の皆さん方にも重大な影響を与えることになるからです。
「教習効果アップをめざし「自主研修」する組合員」の見出しで、
私たち組合員は二週に一回、就業時間終了後も含め全員で、「いかに教習すべきか」、交通安全確保ができる優秀なドライバー育成めざして、いかに効果的な教習をみなさん方にすべきか研究、討論をつづけています。警察や経営者の言いなりではなしに、自主的に研修をしているのです。これも全国で最初に私たちの組合が始めたのです。このように全国の自動車教習所の労働者の進むべき道を示してきた私たちの労働組合を、こともあろうに、個人的な利益や自己保身を目的にして分裂させようとして諸活動を妨害しているのが彼らです。従って、このような教習所のもつ社会的、公共性も無視した利己的な策動は許せないのです。教習生の皆さん方は、これらのいきさつを充分御理解していただき御協力下さいますようお願い致します。なお、非行・不良の分裂分子らの裏には、これらを利用して、先きに私たちの労組の争議や、組織運営に不当介入した政党が、党利党略のために手を貸し、バックアップしていますが、このような労働運動への不当介入に対しても同様の抗議をお願いします。
と記載されている。
5 Mに関するポスター
教習生のみなさんへ訴えます
と題し、
組織分裂第二組合づくりをしようと団結破壊を行ってくる分裂行為に対してはどの労働組合も断固としてたたかうのは常識です。今、総評全国一般大阪地連傘下で全自動車教習所労組の松筒、藤井寺、東大阪の自動車学校で、B(ニセ全国一般労組)N一派が、赤旗新聞や大阪民主新報(四月二三日号)らの力を借りて私たちに敵対する第二組合づくりに躍起となっています。
注 B(ニセ全国一般労組)N一派とは、去る五一年当労組の争議に日本共産党が介入した際、当労組の自主性を放棄し、仲間を裏切り政党の介入かくしに協力し当労組より除名追放された者とその手先となって当労組の分裂策動を続けている者達です。
全自動車教習所労組はたとえ相手が何者であれ、分裂策動とは組織をあげてたたかう決意で日常分裂分子と厳しく対決しています。
団結破壊者であるM、J、Y、Gらは、過去一貫して私たちのたたかって勝ち得た成果を差別なく享受し、私たちの職場斗争に甘えつづけてきた労働者です。ところが、彼らに組合の必要性などまったく存しないなかで、分裂第二組合づくりをしたのですから、その組合の性格、本質がおのずとわかろうというものです。しかし、分裂主義者Mらにも組合結成の理由ここにあり、それは会社の公金数百万円を使い込み、モラルも規律も欠く者たちが結託し、昭和五三年分裂組合(ニセ松筒分会)を結成したのです。もちろん、組織破壊者の元凶B(ニセ全国一般労組)がその結成に暗躍したことはいうまでもないことです。
このように労働者の自主的な質的な団結を追及し、業務上も、運動上も確固たるモラル、規律を高めていく、私たち全自動車教習所労組の階級的立場とはまったく無縁の無自覚労働者が野合した組織が分裂第二組合づくりのゆえんなのです。教習生のみなさん方には大変ご迷惑をおかけ致していますが、私たちの生活と権利を守るため、又、教習環境の改善をはかり「来てよかった。習ってよかった」といってもらえる自動車学校にするためのたたかいです。みなさん方のご理解ある協力を心から訴えるものです。
と記載されている。
(弁護人の主張に対する判断)
一 公訴棄却の申立てについて
弁護人は、本件公訴は日本共産党が同党所属の国会議員等を検察庁に日参させ、検察官に起訴を強く迫るなどしたことや、検察官としても地連全自教の活動に制肘を加えて弱体化させる意図に基づいてなされたものであり、被告人らが昭和五八年四月と翌五九年一二月に本件の被害者らを名誉毀損罪で告訴したのに不起訴処分としていることに照らせば、本件公訴は被告人の社会的身分を理由に一般の場合と比較して捜査上不当に不利益に扱ったものとして憲法一四条に違反し公訴権の濫用にあたるから、刑訴法三三八条四号により公訴棄却の判決がなされるべきである旨主張する。
しかしながら、検察官は、現行法制下では公訴を提起するかしないかについて広範な裁量権を認められており、刑訴法一条、二四八条、刑訴規則一条二項、検察庁法四条等の規定から、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合があり得ることは否定できないにしても、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものと解すべきである(最高裁判所昭和五五年一二月一七日第一小法廷決定・刑集三四巻七号六七二頁参照)。ところで、本件については公訴提起当時に客観的な嫌疑が存在したことは明らかであり、弁護人が主張するような共産党からの圧力等の事情があったとしても、検察官が、地連全自教の活動に制肘を加えて弱体化させることを目的として本件公訴を提起したものとは証拠上認められないし、不起訴処分となった事件と本件とは事案やその告訴の時期を異にしていること等からすれば、本件公訴が被告人の社会的身分を理由に一般の場合と比較して捜査上不当に不利益に扱ったものとも認められず、ましてや本件公訴の提起自体が訴追裁量権を著しく逸脱し、職務犯罪を構成するような極限的な場合にあたるものとはいえないから、弁護人の右主張は採用できない。
二 構成要件非該当の主張について
弁護人は、本件公訴事実にかかる被告人が摘示した事実には、何ら人の社会的評価を害するに足りない事実も含まれ、これらについては名誉毀損罪の構成要件に該当しない旨主張するところ、弁護人の主張では、いかなる摘示事実が人の社会的評価を害するに足りないというのか明らかでないものの、本件摘示事実はいずれも各被害者の社会的評価を害するに足りるものと認められるから、弁護人の主張は採用できない。
三 刑法二三〇条の二第一項の主張について
弁護人は、被告人の本件各行為はいずれも公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的をもって、公訴事実記載の事実を摘示したもので、摘示した事実は真実であり、仮にそうでないとしても被告人において真実と信ずるにつき相当な根拠・資料をもってこれを確信し、ビラやポスターに記載して頒布、掲示したものであって、刑法二三〇条の二第一項の各要件を充足するものであるから、被告人は無罪である旨主張する。
1 「公共の利害に関する事実」について
弁護人は、本件各摘示事実が「公共の利害に関する事実」に該当する理由として、Nらは本件各行為当時ころに労働組合役員をしており、Nを除くEら三名は自動車教習所の技能指導員という社会的地位にあったが、労働組合役員らの活動は、全人格的活動としての性格を有し、労働者全般の社会的、経済的地位にも影響を及ぼすものであるうえ、自動車教習所の技能指導員は、教習生に対し、教習を通じて社会的なモラルやマナーまで教授することを業務内容としており、教師と生徒との関係として全人格的関係が要求される立場にあるところ、本件各摘示事実のうちTにかかる「バクチにも関連する」という摘示以外は、労働組合運動上や業務上の活動に関する摘示であり、また、Tにかかる「バクチにも関連する」という摘示は、Tらの所属する労働組合の存立ないしその労働組合活動を批判する一資料として摘示しているので、いずれも「公共の利害に関する事実」に該当する、と主張する。
ところで、刑法二三〇条の二第一項にいう「公共の利害に関する事実」とは、多数一般の利害に関する事実を指すことはいうまでもないが、私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度いかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、公共の利害に関する事実にあたる場合があり、公共の利害に関する事実にあたるか否かは、摘示された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断されるべきものである(最高裁判所昭和五六年四月一六日第一小法廷判決・刑集三五巻三号八四頁参照)。また、公共の利害に関する事実は、国家または社会全体に対するもののみならず、小範囲の社会に関する事実であってもこれにあたる場合があるが、その場合は、事実公表の相手方の範囲との関連において相対的に決定され、当該限定された社会の範囲内においてこれを公表する場合に限って公共の利害に関する事実に該当し、社会一般に対して公表する場合には、これにあたらないと考えられる。そこで、右基準に従って、本件各摘示事実が「公共の利害に関する事実」にあたるか否かを検討する。
本件摘示事実は、判示のとおり被害者らの個人としての非行にあたる部分が多いとはいえ、教習所業務に関係する事実や組合活動に関係する事実が主たるものであるから、前記認定のNら本件各被害者の組合における地位、被告人ら組合との対立状況等の諸事実からすれば、地連や府本傘下の全自教組合員ないし当該教習所勤務の非組合員らにとっては、Nらの個人的な行状、ひいては資質や能力などがどのようなものであるのかを知ることは、組合の帰属を含めて自らがどのような組合活動をするかを判断する一資料になる可能性があり、逆にいえば、Nら各被害者においても各々の立場に照らし、組合等限定された社会の範囲内においては、これらの個人的非行を公表され批判されるのを甘受しなければならない立場にあると解されるから、本件摘示事実が「公共の利害に関する事実」に該当するものと認められる。しかし、本件の公表の相手方とされている教習生にとってまで本件摘示事実が「公共の利害に関する事実」に該当するとは、後記Nの点を除いては、以下の理由からしても認められない。すなわち、
(一) 弁護人が主張するように、自動車学校の技能指導員(E、T、M)には教習を通じて社会的なモラルやマナーをも教授することが求められる。しかしながら、教習生に対する教習の基本内容はいうまでもなく自動車の運転に関する技術や法規について教授することであり、自動車を安全に運転するために必要な限度で社会的なモラルやマナーを教授することも求められていると考えるのが相当であって、義務教育課程の教師と生徒との間に求められるような全人格的関係までをも要求されるものとは認められない。
(二) ましてや本件昭和五六年当時府本副執行委員長の地位にあり、自動車学校の技能指導員を経験したことがないNについては、特に教習生との間に全人格的関係までをも要求されるものとは認められない。また、教習生の立場からは、N個人の組合活動に絡む行状(「八尾自教のL元取締役に買収されていた」などのNに関する本件摘示事実)を知ることによって、特段利益があるとは認められない。
(三) 本件当時、教習生は自動車学校において原則的に技能指導員を選択・指名することができないシステムになっていたばかりか、同一の技能指導員が特定の教習生を指導することも差し控える運用がなされているのが一般的であり、教習生が、Eの教習業務上ないし自動車運転上の行状等(「飲酒運転、いねむり教習の常習者」「コックリコックリといねむりの最中に事故を起こし、その責任を生徒になすりつけた」「早出や残業の特権をうまく利用し、そのお礼に教習生にスナックでおごってもらっていた」などのEに関する本件摘示事実)及びTやMに関する各本件摘示事実を知らされても特に有用な情報にはならないと認められる。
(四) 弁護人の主張によれば、Nが「八尾自教のL元取締役に買収されていた」とする摘示事実は昭和四一年の出来事を、「Q元取締役がその買収を利用し、全自教や教習所共闘会議の方針等をNから受け取っていた」とする摘示事実は昭和四六年ころから五三年ころまでの出来事を指している。次に、Eの「飲酒運転」「いねむり教習の常習者」に関する摘示事実は昭和四七年から昭和五一年にかけての出来事を、「教習所内の東交差点で大きな事故があった」とする摘示事実は昭和五二年の出来事を、「早出や残業の特権をうまく利用し、そのお礼に教習生にスナックでおごってもらっていた」ことに関する摘示事実は昭和五六年二月ころの出来事を指している。次に、Tの「私文書偽造」に関する摘示事実は昭和四一年及び昭和四五年の出来事を、「組合会計のつかい込みの容疑もあり」とする摘示事実は昭和四三年ころの出来事を、「親睦会会計のつかい込みの容疑もあり」は昭和四八年の、「暴行事件」も昭和四八年の出来事を指している。最後に、Mの「公金数百万円を使い込み」に関する摘示事実は昭和四四、五年ころの出来事を指している。右Eの「早出や残業の特権をうまく利用し、そのお礼に教習生にスナックでおごってもらっていた」ことに関する摘示事実以外の事実は本件ビラが頒布されたり、本件ポスターが掲示された時から考えると相当に古い出来事である。このような古い出来事であっても、組合役員としての資質を判断する一資料となることがあり得るから、前記組合関係者に公表することは、そのグループの範囲内の利益増進に役立つことがあり得るとしても、一般教習生にとって意味を有するとはいえない。
(五) もっとも、現代における労働組合の果たす役割が大きいことにかんがみ、小規模の分会の役員に過ぎないT、Mにおいてはともかく、上部組合の役員であるN、Eは社会的にもある程度全人格的な活動が要請され、社会的な批判にさらされることもやむを得ないと考えられ、その点の検討も必要であるが、Eについては、同人の行う組合活動が社会に及ぼす影響力がなお限定的であることに加え、直接組合活動に関連しない指導員あるいは私人としての非行を摘示していること等によると、前記摘示事実は、未だ一般市民の一部である教習生との関係で公共の利害に関する事実とはいえない。ただ、Nについていえば、その摘示事実は、本件より一五年位前のかなり古い出来事であり、今になって組合外にまで公表することにどれだけ意味があるのか疑問が残らないではないが、全自教の上部組合の専従役員が経営者から買収されていたという由々しい出来事であり、被告人らの供述によれば、昭和四九年ころになって事実が発覚したとされているのであるから、本件昭和五六年当時も右のような地位を有するNの社会的活動に対する批判ないし評価の一資料になる可能性はあると考えられ、一般市民の一部である教習生との関係でも、一応公共の利害に関する事実と認めるのが相当である。
2 「公益目的」について
弁護人は、本件各ビラの頒布やポスターの掲示は全自教が組合活動として、その運動の一環として行ったものであり、その表現上の顕著な不当性もなく、事実調査の程度もNらが肯定する事実であったり、直接の当事者から得られた事実に基づくものであることを理由に、被告人の本件各行為には「公益目的」があったと主張する。
しかしながら、組合関係者に対してならともかく、一般教習生に対してまで本件各摘示事実を公表する利益がなく、(E、T及びMの場合)、あるいは少ない(Nの場合)ことは前項で述べたことから明らかであり、後記の事情をも併せ考えると、そのような事実を公表した被告人に公益目的があるとは認められない。たしかに、当時府本全自教の地連全自教に対する宣伝活動や抗議行動が活発であり、その一部は教習所内でも行われていたことは前記認定のとおりであるから、地連全自教側としても、その組織的存立を維持するため、一般教習生を対象として、組合間の対立の実態及び自らの組合の正当性を明らかにし、それと共に相手方組合の不当性を訴える宣伝活動を行うことは、組合活動として当然許されるべきである。しかし、それにも一定の節度が要求されるのはいうまでもなく、本件の摘示事実のように、たとえ教習所の業務等に関連する事項が多いとはいえ、相手方個人の実名を挙げ、かなり古い過去の非行事実を公表することは、目的のための手段として相当な範囲を逸脱しており、誹謗自体が目的となる危険性もあって、正当な公益目的があるとは認められない。以下個々のビラ及びポスターにつき摘示事実の表現方法や事実調査の程度等その他公益目的の存否を判断するにあたり考慮すべき諸点を挙げる。
(一) Nについてのビラ
Nに関するビラが頒布された昭和五六年四月三日ころ、同月三日と七日に全自教のストライキが予定されていたことは前記認定のとおりであり、ストライキが決行されれば教習生に対する教習にも影響を与えかねないのであるから、組合において教習生に対しストライキを行うことについて理解を求める文書を頒布することは目的において正当であり、前記引用した本件ビラも、冒頭に「教習生のみなさん スト決行にご協力を」と題し、その趣旨の文書であることを明らかにしている。しかし、ストライキはいうまでもなく経営者に対するものであるのに、右ビラは、表の数行こそ地連全自教側の日ごろの活動が正当であることを述べているものの、以下は裏面を含めてほとんど「分裂分子」「除名者集団」としてNら府本全自教側を攻撃する内容になっており、その中に本件Nが八尾自教のL元取締役から買収された事実等府本全自教側組合員の非行が摘示されている。弁護人は、府本全自教組合員は、経営者の援助の下に地連全自教の活動を妨害していると主張するが、たとえそのようなことがあったとしても、教習生にストライキの協力を求める文書の内容として、右内容は明らかに過ぎたものである。また、本件ビラ裏面は、前記認定のとおり教習生にストライキの協力を求める内容の記載が印刷もれとなっているものがあったり、本件摘示事実部分のみが特にアンダーラインが引かれて強調されたようになっており、被告人も格別そのことに注意を払っていないことからすると、教習生に対しストライキを行うことについて理解を求める目的がどの程度あったのか疑問が生じないでもない。また、本件摘示事実のうち中心をなしているNがL元取締役から買収されていたことについて、被告人らの事実調査の程度を考えると、被告人の供述を最大限に信用するとしても、右買収の事実は、金銭で解決しようと南大阪争議に介入してきた日本共産党のSの情報をもとにして、Nに金を渡したことがあるのかL(元取締役)に確認したところ、「静かに解決したでしょう」との返答を得られた程度に過ぎず、当時Nにその存否を確かめていないばかりか、金額その他が全く不明というのであるから、事実調査として不十分というほかなく(現に地連全自教の執行委員をしているVでさえも、第四七回公判において、S及びLの言うことは当時信用していなかったとの趣旨の証言をしており、地連全自教八尾分会長であったPも、第五〇回公判において、Nが会社から金をもらったといううわさはデマと思っていた旨の証言をしている。)、それであるのにNが買収されたと断定的に摘示することに公益目的があるとは認められない。(なお、右事実調査の程度や内容からも、Nについての本件摘示事実が真実であるとは認められず、また、被告人が真実であると信じるのに相当な理由があったとも認められない。)
(二) Eについてのビラ
Eのビラ二枚については、あえて引用するまでもなく、見出しを含めて非常に侮蔑的な表現が多く、単なるE個人を誹謗・中傷するビラであるとしか理解することができないのであり、その目的は、ビラの文言にあるとおり、Eを職場から追放するためのものと言われても仕方がなく、到底公益目的があるとは認められない。
(三) Tについてのビラ
本件ビラは、地連全自教に対立する府本全自教の組合員であるTに関して、その「非行」を摘示しているが、各非行の内容やその時期(その多くは組合活動にからむものであるが、一〇年前後前の出来事である。)等によると、地連全自教の活動の正当性を主張するため、教習生に対してまで公表しなければならない必要性がある事項とはいえないのみならず、その表現方法は一方的に「非行の人」等と決めつけるような表現で品位を欠いており、Eの場合と同様地連全自教の活動に対抗する組合員を自動車教習所から追い出すための行為ともみうるものであって、公益目的があると認めることはできない。
(四) Mについてのポスター
Mの「公金数百万円を使い込み」の摘示事実は、昭和四四、五年ころの出来事を指しているところ、相当に古いことがらであるうえ、当時使い込みが発覚してMは営業担当から指導員専任に配置換えされ、昭和四六年には右使い込みを理由とするのではないようであるが停職一か月の処分も受け教習所内で解決しているのであるから、今さら組合の内部においてさえ使い込みの事実を公表するのは穏当を欠くといえるのみならず、本件ポスターの全体が弁護人が主張するような全自教の活動の正当性を訴えるという目的を有していたとしても、一般教習生に対してまで右使い込みの事実を明らかにしなければならない必要性があるとは認められず、右摘示事実に公益目的があるとはいえない。
3 まとめ
以上検討してきたとおり、被告人のNに関するものを除く各行為は、いずれも「公共の利害に関する事実」を摘示したものではなく、また、Nの点も含めて「専ら公益を図る目的」をもって行ったとも認められないから、さらにすすんで摘示事実が真実であるかを検討するまでもなく、弁護人の刑法二三〇条の二第一項に該当するとの主張は採用できない。
四 「反論」について
弁護人は、本件各行為はいずれもNら所属の第二組合の攻撃に対する「反論」であるから、違法性が阻却される旨主張するが、少なくとも「反論」といいうるためには、被告人が所属する地連全自教の活動に対して加えられた批判それ自体が誤りであるということを指摘することが必要であり、その過程でたまたま相手方の名誉を侵害する結果になっても違法性を欠く場合があり得るとしても、本件のようにそれとは別の相手方の個人的非行をあばきたてることは泥仕合になる危険性があり、到底正当な「反論」とはいえない。したがって、弁護人の主張は採用できない。
五 正当行為の主張について
弁護人は、被告人の本件行為は、府本全自教や日本共産党の中傷誹謗等の攻撃に対し、地連全自教として、自らの組織の団結権を維持するため、教習生に対し理解と協力を得るための情宣活動としてなされたもので、労働組合の表現活動として正当なものであるから、憲法二八条、労働組合法一条二項、刑法三五条により、構成要件該当性ないし違法性が阻却されると主張する。
しかしながら、いうまでもなく労働者の団結権等の労働基本権も無制限のものではなく、他人の基本的人権との調和が図られるべきであり、本件のように教習生に対し公然事実を摘示して対立組合の組合員の名誉を毀損する行為は、たとえ労働組合の団結権を維持する目的に出たものであっても、手段・態様が社会通念上正当と認められる限界を逸脱し個人の基本的人権を侵害するものであり、憲法二八条の保障する権利行使に該当せず、また、労働組合法一条二項、刑法三五条の適用がないというべきである(最高裁判所昭和三六年一〇月一三日第二小法廷判決・刑集一五巻九号一五八六頁ほか参照)から、弁護人の主張は採用しない。
(量刑の理由)
本件は、被告人が所属する地連、地連全自教と被害者らが所属する府本、府本全自教との対立が激化する過程で、相手方組合からの被告人らを誹謗中傷する宣伝紙が頒布されるようになったため、被告人が中心となり組合決議に基づいて被害者らの名誉を毀損する内容が記載されたビラやポスターを被害者(Nを除く)らの勤務する自動車教習所の教習生に頒布したり、教習所内に掲示した事案であるところ、本件のような行為は決して健全な組合運動の発展に資するものではないと考えられるうえ、組織的な犯行であり、職場において少数組合の組合員である三名の被害者(Nを除く)に与えた影響などを考えると、被告人の刑事責任は軽視することができない。
しかしながら、被告人は永年真摯に労働組合幹部として組合運動に携わり、本件に関与するようになったものであるところ、自らの所属する組合の利益になると信じて犯行に至ったもので、もとより私利私欲に出たものではないこと、本件犯行に至るについては、前記認定のとおり熾烈な組合間の対立に起因するもので、被告人ら個人を誹謗する文書を発行した相手方組合の幹部であるN、Eにおいても相当の責任を分担すべき事情が認められること、頒布の対象や掲示された場所が自動車教習所内とか教習生とか限定された範囲内で行われていること、被害者の中には告訴を取り下げるなど現在では被害感情が宥和されている者もいること、その他被告人の健康状態など被告人に斟酌すべき事情も認められ、それらの事情を総合考慮して罰金刑に処するのを相当と認めた次第である。(求刑・懲役八か月)
(裁判長裁判官清田賢 裁判官山西賢次 裁判官酒井一)